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2006年9月29日 (金)

夜が怖い

モラハラ体験談を読んでいるとセックスレスとう方が多いようだが、私の場合は反対。モラオは、できれば毎日でもセックスしたい人。結婚16年の間に、セックスの回数ことで喧嘩になったことは数知れない。

とにかく苦痛なのは、誘いを断れば、またまた3日~1週間の沈黙無視地獄が待っていること。さらに、批判的になり、ちょっとしたことで爆発すること。

私が生理中の時でもやりたがる、というか満足させてもらいたがる。

私は、とにかく堪える。あの間中、目をつぶって全く別のことを考える。ふりをする。別の人のことを想像してみる。最近は、別の世界に行くのが随分上手になったと自分でも思う。

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2006年9月28日 (木)

モラル・ハラスメント参考サイト

「こころの声に耳をすませて」

うちモラオの上を行く、すごいモラハラ夫から見事脱出された「うめ」さんのブログ。自分のブログを始める前に、苦しさを紛らわすためにモラハラに関するサイトを徹底的に読んだのです、その中で最も共鳴できたサイトです。私が毎日の生活で感じていることと、全く同じ感情の中で生きてこられた方だと思いました。読んでいて涙が止まりませんでした。

このブログをオープンして一番に励ましのコメントをつけてくださったのも「うめ」さんです。うめさん、本当にありがとうございます。

もし、自分の夫がモラル・ハラスメント(精神的な暴力)を行っていると、疑いを抱いた方は

http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/morahara.htm

ここも大変参考になります。この中の「被害者の心理状態」の全てに私の心理状態は当てはまりました。

それから、絶対にはずせないのが、コチラ
モラル・ハラスメント被害者同盟

世の中には、なんと、異常な夫によって苦しめられている妻の多いことかと愕然とします。

最後に、私の未熟なブログにリンクをしてくださった「世界子育てネットSweetHeart」さんありがとうございます。こちらの「国際離婚」という記事や「精神的、肉体的DV」というトピックでモラハラについて気づかせてもらいました。

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2006年9月27日 (水)

聖人モラオ

モラオは正にジギルとハイド。機嫌の良い時と悪い時では形相まで変わる。

機嫌の良い時はこんなことを言う。「自分は根に持たない性格だから、悪いことは全部忘れて良いことしか覚えてない。(←それに比べて私は、いつまでも根に持つネチッコイ性格らしい。)」「君のことを怒っていても君の行動が嫌いなんであって君自身を嫌いなわけじゃないから。(←その辺は悟っていると言いたい。)」

都合のいいヤツ。そりゃ自分は、数分間、怒鳴りたいだけ怒鳴りまくって、その後はスッキリして忘れるんだろうが、鬼のような顔で怒鳴られた方は、そう簡単に忘れられるものじゃない。モラオは怒鳴って忘れるから、もっと始末が悪い。

さらに興奮して自分が言ったことを全く覚えていない。だから私が、「あなたは○○と言って、私はとても傷ついた。」なんて言っても、「そんなことは絶対に言ってない。」の一点張りである。

思うに結婚生活16年、私からモラオに対して怒鳴りつけたことや無視したことは一度もない。いつも怒りを爆発させているのはモラオである。ひどい時は1週間に1回は、些細なことで切れて私を怒鳴りつけている。

私が何か意見を言い、それがモラオと違う意見だと、「Don't argue with me(俺と議論するな)Don't defy me.(俺にたてつくな)」と怒り出す。私も普通はモラオを怒らせたくないので、できるだけ自分の意見を抑えるようにしているが、事、こどものことになると、私は、やはり子どものために、あえて自分が盾になる。

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2006年9月26日 (火)

最悪の日からの生還

話は前後してしまうが、前々回に書いた最悪の日から、私は夫を心から信じることができなくなった。どんなに優しいことを言っていても、この人は恐ろしい人、モラオ本人が言うように敵にしたら最悪の相手なのだ。

モラオとの仲が修復できないまま、私は3年ぶりに1週間だけ1人で日本に戻った。いっそ日本で死んでしまいたいと思った。プラットホームで線路を見つめながら「このまま死ねたら楽だろうな。」と何度も思った。でも年取った両親にそれだけは申し訳ないという気持ちが強かった。

暗い気持ちを抱えたまま、再び子ども達の待つアメリカに戻った。

その数日後の夜中、私はスコッチを一瓶空けて、泥酔状態で「死にたい」「こんな生活は地獄だ」と叫んでいた。私はモラオの前でワインを2杯以上飲んだことがなかったので、物音に目を覚ました夫は仰天した。

翌朝、も抜けの殻のようになった私にモラオは私がひどい鬱状態になったと思ったらしい。抜け殻のような状態は私の半芝居だった。これでモラオが、私への数週間にわたる冷たい沈黙という攻撃を終わりにしてくれないかと願っていた。

幸い、私の芝居は成功し、モラオは私を追い詰めてしまったことに罪悪感を感じたようで、モラオのモラハラは一時休止となった。

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2006年9月25日 (月)

精神的虐待

地雷の埋められた荒野を歩くような私の結婚生活が何なのか結婚数年は、わからずにいた。当時、1人だけアメリカ人の友人がいた。ある日、一緒にランチをしながら彼女に結婚生活の話をした。一通りの話を聞き終わった後に彼女が一冊の本をくれた。精神的虐待に感する本だった。

当時の私は家庭内暴力という言葉は知っていたと思うが、精神的虐待という言葉を耳にしたのは初めてだった。確かに自分の情況に似ていた。

でも、私に行き場はなかった。日本の親は年老いて年金生活に入っており迷惑をかけたり心配させたりしたくなかった。また、夫が親権をあっさりあきらめるはずもなく、そうなると私は子どもを失った上にアメリカを追い出されるかもしれない、もしアメリカに残ったとしてもアメリカのど田舎でネイティブでない私に、どんな職があるというのだろう?収入のない私に親権などもらえないかもしれない。そんな考えがグルグル頭をめぐった。

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2006年9月24日 (日)

最悪の日から

どこから話を起こそうかと思ったが、やはり子連れ離婚をあきらめた決定的出来事から。

1998年1月5日(月)

原因は、いつものことだけど、本当に些細なこと。

冷蔵庫に入っていたアップルパイを探していたモラオ

モラオ「アップルパイ全部食べちゃったの?」

わたし「Me?」(私?食べてないよ、と単純に言いたかった。)

わけがわからないけど、モラオは、これでイキナリ怒りだした。

「なんでお前は被害妄想なんだ。何もお前が食べたと責めていないだろう!!!」

モラオの怒りは、いつも突然である。だから特に機嫌が悪そうな日は、地雷を踏まないように一生懸命に無難な話題を探す。(私が黙っていても、モラオはさらに機嫌が悪くなるので沈黙もできない。)それでも、機嫌が悪い日は、どんな話題でも信じられないほどに捻じ曲げで突然怒り出す。

たとえば、ある日、二人で外食をした時のこと、

「今日、ニタローを友達の家でプレイデートをさせていたら、そこの家にネコがいてニタローの瞼が腫れてきてビックリしちゃった。」と言った途端、夫の形相が変わった。「なんで、そんな家に連れて行った!!!」

その後は、レストランで周りに人がいようとお構いなしでモラオは私に45度に背を向けて、眉間に深い皺を刻んで沈黙無視に入った。レストランを出るまでの、ほぼ1時間、地獄の沈黙である。

モラオは激しい理想主義者なので、夫婦というものは、たまに二人きりで食事を外でするものと決め込んでいる。そして食事に行く度に大抵、私が地雷を踏む。必然的に、私は食事に行くのが嫌で嫌で仕方がないのだが、私がたまに誘わないと、「どうして、自分ばかりが何かを設定しなければいけないんだ。お前は夫婦の関係を大切に考えていない。」と怒り出す。

話をアップルパイ事件に戻そう。その夜、モラオは寝る前に2枚の脅しの手紙を無言で私に手渡した。ドキドキふるえる手で手紙を読むと

「こどもは簡単には渡さない。」

「シングルマザーの生活は大変だぞ。」

数日後に日本に里帰り予定だったのだが「今回だけは日本行きのチケットをハラってやろう。日本から戻ってきたら、すぐに、お前へのトラブルを開始するぞ。」

「自分は最悪の敵になるぞ。」

「言っておくが、自分は過去に既に一回経験があるから(離婚経験)、お前より、ずっと上手に立ち回れるぞ」

などという言葉が二枚にわたって羅列されていた。そして、しばらくして階下に下りて来て私が読み終えた手紙を自分のポケットにねじこんだ。

「どうして?」と聞くと

私にコピーをとらせたくないからだと言う。コピーをとられたらまずいことでも書いてあるのか。そう、書いてあるのだ。モラオの周到の行動に驚いた。私はコピーを取るなんて考えてもいなかったから。やっぱり経験者は違う。そこで日記に覚えているだけの言葉を泣きながら書き込んだ。いつか役に立つかもしれないと思って。

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16年間堪えた

結婚16年、よく堪えてきたものだと思う。最初の7年は、すぐにでも離婚したいと思い続けてきたが、今は「ここまで来たら子どもが成人するまで頑張ろうじゃないの。」という気になってきている

イチタローとニタローが大学に行くまであと10年、へそくりを一生懸命にしてモラハラ退職をしたい。そうだ。会社にだって定年というものがあるのだから、妻として母としての仕事を終えてモラハラ退職だ。

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